SAMMY’s blog

好きなものこそが人生を彩る!

今年に入って嬉しかったこと

◆その1

夜寝る前に本を読む。

この前の日曜日の来客時、

テーブルに置きっぱなしにしていたその本を

夫が片付けてくれていたらしい。

夜、一足早く寝室に向かった彼が

リビングに戻ってきて本を出してきてくれた。

私が楽しみにしていることを分かってくれてて嬉しかった。

 

◆その2

yukicharaはほんと見た目歳取らないね

むしろ20年前より綺麗になってるよね

って夫に話してたら、

私のことも変わらないよ

と言ってくれて嬉しかった。

産後は特に体的な変化が大きかったので

夫がそう思ってくれることがとても嬉しかった。

 

 

私の美的センス、少し変わった。

妊娠線に泣きそうなくらい落ち込んでいた1年前の私とは別人だな。

妊娠線はお腹が凹んだら全然見えなくなった。

正中線はまだ消えないけど、一生消えなくたっていい。

これらは私のお腹にベビー がいた証。

自分のお腹を鏡で見るたびに思い出す。

白くてすべすべでシミもシワも何の線もない肌だけが美しいわけじゃない。

お腹の真ん中に線がある、大層頑張ったこの体のことが

前より愛しくなった。

でもたるんだお腹は嫌なので

今年に入ってから毎日1分だけプランクやってる。

私にしては結構続いてる。わーい🙌

 

 

大きなプロジェクト

まだ母業は9ヶ月しかやってないけど

母業たいうか親業の大変なところは

終わりがないところじゃないかと思う。

OK、これで私の手を離れた

と言えるのがすごい先。

 

今習ってるWEBデザイン、

企画が通ったらワイヤーフレーム(大枠デザイン)

ワイヤーフレーム通ったらデザイン

デザインできたらコーディング

みたいに段階がある。

段階をクリアするごとに達成感がある。

でも私はまだ子育てで達成感を感じたことはない。

出産の時は達成感あったけどね。

子が寝返りできるようになった

ハイハイできるようになった

かまり立ちできるようになった

そういうのはすごいことだけど

私の達成感とは違う。

 

そういう連綿と続く仕事って

子育て以外にもたくさんあると思う。

毎日の家事とかもそうだよね。

私の仕事はプロジェクトごとのものが多いし、

プロジェクトが終われば達成感もある。

頑張っただけ達成感が大きいのも知ってる。

 

この壮大なプロジェクトをどう進めるのか

先のことあんまりまだ見えてないなあ。

 

思考の癖

性格、というか考え方の癖、みたいなもの

ここ数年で気づいたものがある。

 

ひとつめ、無い物ねだり。

妊娠中はおなかが大きくて自由に出歩けない!

今は子育て真っ最中で1人の時間がない!

でもその代わりに、

妊娠中はたくさん読書できたし

今は娘のあんな姿こんな姿を見られる。

無いものに焦点当てがち。

 

ふたつめ、未来にもやっとしがち。

これはもうずっとだけど、

何者かになりたいという思いがまだ残っていて

何のプロフェッショナルにもなれてない、

何のプロフェッショナルにも向かおうとしていない現状に

もやもやしちゃう。

今のなにが嫌なの?と聞かれれば

別にすごく嫌なことなんてないけど

わたしこのままいち会社員でいいのかな、

会社員だとしてもさ、向かいたい方向どっちなのかな

とか思うわけ。

文章書く仕事してみたいなとか

思うわけ。

そうだったな、文章書く仕事してみたかったんだったな。

デザインもやってみたいと思ってて、

こうやって今学んで、

タダでやってるからまだ仕事じゃないけど、

実際にお客さんのwebサイト作ってる。

やってみたいこと仕事じゃなくてもやってみて

向き不向きとか考えてこれからやってけばいいか。

まだあと何十年も働くんだし。

いつか、書く仕事もやってみよう。

はい、よし。

 

みっつめ、見栄っ張り。

母世代の人からは、母業頑張ってるって思われたい。

友達からはママ楽しそうって思われたい。

ママ大変そうって思われたくない。

娘には優しくて楽しいお母さんって思われたい。

夫には素敵な妻で頼りになる母と思われたい。

でも、だれかにこう思われたい、

という動機で動くとしんどくなることが多い。

いつか周りの目を気にせずに

自分のポリシーに誇りを持って

生きられるようになりたい。

どうみられたいか、って動機は不安定すぎて

指標としてはよくない。

だって他人の価値観だから

こっちではどうにもできないところあるし。

どうやったら、気にならなくなるのかな。

そこはまだわからない。

 

以上、わたしがよくないな、と思ってる

自分の思考の癖でした。

 

 

30歳の振り返り

明日で31歳。

なので、1年を振り返ってみる。

 

30歳のわたし、

よくがんばったよ〜!!!!

大きなお腹での早朝通勤も勤務も引き継ぎも

出産も子育ても

その中で生じるいろんな気持ちとの格闘も

本当によくがんばった。

 

出産の痛み自体はもう忘れたけど

痛くて苦しかったことは覚えてる。

頭が見えた時のあったかい気持ちも

出てくる時の感触も

保育器の中で突き上げた拳も

細い足も開いたかどうかわからないくらい細い目も。

 

子育ては分からないの連続で

その時期ごとに、

ミルクの量、寝かしつけ、お昼寝などなど

試行錯誤。

自分の時間と体力を捧げる育児は

親のメンタル整ってないとしんどいよな、と思う。

いや、親のメンタル整っててもしんどい時ある。

特に睡眠不足は心も体もやられる。

 

気付いたら自分の身嗜みはぼろぼろで、

出産前、産後に着ようと思って買っておいた服にも興味がわかなくて

自分の「なにかしたい」って気持ちが萎んでた。

あんなに好きだったネイルも

時間がかかるし、3週間ごとにサロンに行くのは難しいから行かない。

本当は夏に米倉涼子のシカゴを観にアメリカに行きたい!

と思ってたけど、生後数ヶ月の子を置いてアメリカに1人ではいけない。

 

やらない、行かない、それは自分で決めたことだし、

我が子のせいではない。

でもなんだか毎日楽しくない。

夫との家事育児分担もフェアじゃない気がするとおもったりする。

夫は今までと変わらずに週末に趣味の予定を入れる。

自分が満たされてないせいで

どんどんフラストレーションが溜まる。

 

そして気づいた。

わたしの時間は今子育て家事でパンパン。

そのことによって、

私自身が笑顔でいられないなら、

それは娘にも夫にも、自分自身にもよくない。

じゃあ時間を作ろう!

という訳で一時預かりを利用してみたり

お母さんにお願いしたり、

ベビーシッターにお願いしたりした。

家事もとことん手を抜く。

やりたいことはやればいいのだ。

娘のことは誰かにお願いしてもいいのだ。

我慢してる母よりも

好きなこと目一杯やってる母になりたい。

 

ちょうど盛大に風邪を引き1週間、

webの勉強もお休みして

家事も最低限、寝れる時は寝る

夜は夫が娘と寝てくれて

元気になることを最優先に。

したらなんだか毎日が平穏で

心に少しゆとりが。

なんでも、

しなきゃいけない

と思うのはよくないな。

しなきゃいけないことがない毎日がいいな。

なんて、貴族的な思考に至る。

 

今のところの理想の母親像は

好きなことをたくさんして、いつも楽しそう

保護者であり、サポーターであり、友人でもある

という感じ。

自分が望む親の姿ってどんなだろう?

って思ったらこんな感じになった。

娘の人生は娘のもの。

娘が彼女の人生を歩むのをサポートして少し後ろから眺める。

そんな感じでいたい。

私は私の人生を歩む。

 

夫にもキィー!ってなってしまうとかあるけど

それも大抵自分の機嫌を自分で取れてないことが原因。

 

自分の機嫌くらいちゃんと取れるようにしなくては

と、いつも反省する。

 

子育てに関して気軽に人を頼ろうと思う。

子供のことを人と比べないのはもちろん、

私や夫のことも人と比べない。

あの人は3人のママだけど

バリバリ働いて趣味もしてなんやかんやして〜

だから私ももっと頑張らないと!

とか思わないようにする。

私は私。

しんどいの基準も子育ての方針も人それぞれ。

私を満たして家族を満たす。

私にとってはまずそれが大事。

 

というわけで31歳の目標は

自分の機嫌を自分でとる

心と体、いつも健やかに

です。

 

いつも楽しそうなわたしでいるぞ〜

 

2ヶ月が経過

生後2ヶ月を超えた娘。

昼夜の区別を頑張ってつけていたら

夜長く眠れる日も出てきて

私の元気も回復中。

 

最近の課題は

ミルク飲むのに時間がかかりすぎる

お昼寝をしない

ミルク飲むのに時間かかるわりには

すぐにお腹が空いて泣いちゃう

夜寝かしつけの時に泣いちゃう

というあたり。

泣き事案については

泣かれるとどうしても平静を保てなくなりがち。

寝かしつけの時は、

泣いても少し我慢して何分か置いてから

なだめにいくのだけど、

それすら

はやく時間よ経て

と念じている。

泣いてるのかわいそすぎる

私の心がもたない、、と思ってしまう。

 

それぞれの課題はそれなりに切実に悩んでいるものの

娘はとても愛おしく、

本当にゆっくりゆっくり成長して欲しいと思う。

もう、出産時にあたまが出てきたときのこととか

新生児期の目がほとんど開いてない様子とか

手足をバタバタしてミルクを求める様子とか

懐かしすぎて涙が出る。

 

どんどん大きくなっていってしまうのが

嬉しくもあり、とても寂しくもある。

このあたりの感覚は

毎日一緒にいる母親特有かもしれない。

もう一回2ヶ月前に戻りたいとすら思う。

あんなにしんどくてもうやりたくないと思っていたはずの陣痛&出産でさえ

もう一回生むところからやって

この2ヶ月をもう一度過ごしたいと思う。

1ヶ月目はいっぱいいっぱいだけど

この寂しい感覚を味わった後だったら

もっともっと慈しむのにな…

母乳も頑張ったのにな…

 

こういう感覚から

母たちは陣痛出産の痛みを忘れて

2人目に挑むのだろうか。

 

毎日毎日楽しもう。

娘の顔をたくさん見ておこう。

娘と夫

妊娠前に先輩ママたちがこぞって言っていた

自分の時間がなくなる

ということについて。

出産前は、

夫や家族に預けて美容院とかいけるし

大丈夫っしょ!

自由時間なくなるのは

家族の協力がないからでは?

とか思っていた。

だが、そういうことではなかった。

 

自分のことだけを考えていればいい時間

がなくなる、

という意味だったのだと思う。

たしかに、家族に預けて出掛けても

次は何時に授乳するかとか

泣いてないかな、とか思うし

気もそぞろ

早く帰ろう

と思ってしまう。

自分のしたいことを考えていても

付随して娘のスケジュールも考えてる。

 

そんなふうに思うのは

長くてもきっと未就学時期だけだろうし

いつも一緒も悪くない。

少しずつ笑えるようになってきて

さらに愛おしい。

 

出産前は、

夫に娘と私を平等に愛して欲しい

いやなんなら私が一番がいいな…

と思っていたし、

SMAP

もしも子供が生まれたら

世界で2番目に好きだと話そう

というらいおんハートの歌詞素敵

と思っていた。

でも今は

娘を愛して!私2番目でいい!

でもやっぱり同率1位が一番いい!

と思ってる。

娘は我らの家族として生まれてきたわけで

赤ちゃんだし小さいし

可愛くないわけがないというか

自然にかわいい愛しいと思っちゃう。

夫はもともとは他人な訳で

一目惚れはしていたけれども

別々の人間同士が恋をして

そこから時間をかけて

愛とか絆とか色んなものを育んできたと思うと

そういう意味で愛しいなと思う。

ベクトルは違うんだけど

両方、愛。

結婚して妊娠して出産して

いろんな気持ちを知る。

これからの子育てで

またたくさんの気持ちを知るんだろうな。

母乳もんだい

母乳を直で飲むのが難しい我が子

母乳に吸いつけず泣きわめく我が子の様子を見るのがしんどい母

それにより

完全ミルクを決めたものの、

母乳をあげることを諦めきれない。

 

完全ミルクだと

私以外の人がミルクをあげられるし

母乳トラブルに悩まされないし

私の食生活が制限されないし

メリットばかりなのだけど

快適さ度外視で母乳をあげたい気持ちが首をもたげる。

 

ここ数日、

久々に吸わせてみたら

吸引力がとても強くなっており

乳首が切れた…

少し前に血乳が出てガクブルしたけど

(おそらく乳腺が傷ついたのではとのこと)

今度は乳首の外傷。

こっちの方が断然痛い!

搾乳機でも血が出てしまう…

母乳は血から作られてるとは言えど

血が混じった母乳を飲ませようとは思えない…

 

母乳を飲ませるって

思ってたよりもとっても大変だなあ

全然安らかじゃない

理想は直おっぱいから母乳を飲んでくれたら…

それが無理なら手間はかかっちゃうけど搾乳で。

乳首や乳腺を傷めずに

少しでもベビーに母乳をあげたい。

 

最初の頃は

自分の体と心を元気に保つのに精一杯だった。

2ヶ月近く経って

睡眠時間も確保できるようになってきて

子のためにしてあげたいと思うことが増えてきた。

 

母乳、もう少しだけ頑張ろう。