SAMMY’s blog

好きなものこそが人生を彩る!

1月振り返り

2018年はじまって

1月もあっという間に終わってしまった。

 

1月ブログを書かなかったので

ここで一気に振り返り。

 

◉家族編

年始早々、いとこ一家に夫を紹介した。

いとこ弟は彼のことを

スタイリッシュだね、と言い

おばさまは

お似合いだね!

と終始言ってくれた。

あったかく迎え入れてくれて大変感謝。

家族が増えることは、

大事にしたい人が増えること。

それは広い目で見たら

世界平和にさえ繫がると思う。

 

◉地元編

実家に帰っておじいちゃんおばあちゃんに

結婚式の日取りを伝えた。

少しずつ、記憶力の弱くなっているおばあちゃんは

夏に来た彼のことを覚えてくれているだろうか

また振り出しに戻りはしないだろうか

大いに不安を抱えて切り出したけど、

杞憂だった。

再度、彼の何が好きなのか尋問を受け

一通り、私が思っている彼の魅力を伝えると

要するになにもかもがいい、っていうわけだね

と言われ、

うむ、その通りだ

と頷いた。

 

◉友人夫妻とその赤ちゃん

地元に住む友人夫婦の赤子にお目にかかって来た。

声が、すごく可愛くて

録画した彼女の声を飽きることなく聴いている。

友達の子供でこんなだから

自分の子どもができたらとんでもないことになりそう。

友人夫婦、二人とも元気にやっていた。

地元に暮らすのも、東京に住むのとは違うよさがある。

 当たり前だけど。

 

◉結婚式のこと

場所と日取りを決め、ドレスの試着などしてみた。

当日のこと、まだよく思い描けてないけど

新生大家族と私たちの大切な人たちと

みんなであったかな時間を共有できる夜にしたい。 

 

下世話なところでいうと、

ドレス試着した時の写真を見て

体のあちこちを直したくなってしまった…

姿勢が悪い、歯並びが悪い、抑揚のない体…

きりがないけど、できるとこはなんとかしたい。

 

◉友人まわり

今年は特に仲のいい友達の結婚式が2つ。

同期の結婚式もある。

自分の結婚式もやる。

同期の赤子が生まれた。

みんな家族を増やしていく。

それぞれ感慨深くて、

自分のことではなくともあったかい気持ちになる。

友人たちの幸せなできごとを

自分のことのように嬉しく思うことができて

そのこと自体も私は嬉しい。

そんな友人が私にいるということに、

気付かされる。

すこしずつ、おとなになってきた。

 

1月引き続き

2月もインフルにかからないことが目標。

よく寝てよく食べてよく笑う2月に。

 

2018年 はじまりはじまり

あけましておめでとうございます。

 

昨年中は個人的な諸々をお読みいただき

ありがとうございました。

 

2017年、環境の変化はありませんでしたが

仕事もプライベートも

自分の意志で行動したことだけが

実を結んだなと感じています。

当たり前のことですが。。

 

今年は20代最後の年。

したいことをもっと自由に楽しんで

人の目を気にしすぎず、

自分を外へ出して行こうと思います。

私の幸せは周りの目によって作られるものではない。

内なる声に従ってそれを自分が貫くことができて、

結果を結んだ時にこそ感じるものだって

少しずつ分かってきた気がする。

副産物として誰かが喜んでくれたりすると

それはそれでものすごく嬉しいことだけど。

文面にするとなんだか宗教っぽい。内なる声とかね。

 

具体的なやりたいことは、

本や映画やドラマや漫画や歌への愛を深めたい。

ミュージカルやお芝居を観に行きたい。

歌かピアノかなんらかの楽器を誰かと演奏したい。

ネイルを自分で上手にできるようになりたい。

結婚式で皆様をとことんもてなしたい。

新婚旅行で綺麗な景色を見たい。

できれば夫婦で何かにチャレンジしたい。

細々としたものはまだまだたくさんありますが、

以上が主要なやりたいことです。

(仕事的なやつが1コも入ってない…!後々増やそう)

 

今年はこのブログでも

私が楽しい!と思ったことなどを

たくさん書いていく所存です。

どうぞ、今年もよろしくお願いします。

強くありたい

5年目にしてようやく

会社で素が出せるようになってきた。

それはこの前飲み会で後輩が言ってくれた

「先輩が強いのは知ってますから」

という言葉によるところが大きい。

 

そうそう、

私は強く在りたいと常日頃思っている。

タフでいたい。

でも、仕事ができないうちは

そのほかの権利も主張できない見栄っ張りな私は

色々を抑えていて息苦しい時も多かった。

仕事も思うようにできない、

バカなこと言ってると思われたくない、

ついていくのがやっとで

それ以上の価値など生むことができない。

理想には、程遠かった。

携わる仕事はしっかりやろう

言いたいことは言おう

大事にしたいことはこだわろう

これらを成り立たせることができれば

私は私でいられる。

強い、って言われて嬉しかった。

ちょっとずつだけど確実に

そういう環境にしていけてるみたいだ。

きみも味方か

本当、結婚のことばっかで

鬱陶しいひとだけど

どんどん忘れるから、

忘れたくないから、

忘れないうちに書いておく。

 

みんながおめでとう、と言ってくれる度に

きみも味方か!泣

という気持ちになる。

抱きしめたい、みんな。

というのも、プロポーズから3年とちょっとの間

私たちの味方は少ない、と思っていたからだ。

 

祖母は彼が中国人という理由だけで猛反対。

母は祖母をなだめるのに疲弊し

「違う選択もあるのでは?」などと言い出す。

中国人らしい苗字は避けよ

子供が生まれたら名前はどうする?

中国に住む可能性が1ミリでもあるの?

もうマイナスから入ってるからフラットにするのも大変。

時代も育ってきた環境もあるから、

祖母の価値観自体を変えるのは無理な話だった。

 

喜んで欲しいと思う身近な人たちが

そのような感じだったので、

ああ、結婚するのってむちゃしんどいな

って思った。

乗り越えなきゃならないハードルがすごく多い。

家族に嫌われてでも入籍することもできなかった。

それは私の望む結婚とは違ったから。

時がなんとかしてくれることもあるか、

なんて甘いことを考えたけど待っても無意味だった。

 

彼に帰化してもらう案も出ていたし、

本意ではなかったものの、彼に手続きを始めてもらっていた。

そのことに、私は後ろめたさがあった。

なんでそのままじゃだめかなー

イギリスならこんなん問題にならないだろうなー

(ホームステイした時に「お父さんはなに人?お母さんはなに人?」と聞かれた記憶が鮮烈だった。)

と思った。

 

みんなが幸せになれる方法を考えたけど無理だった。

だから、私は私の希望を通そうと思った。

(彼の意向でもある)

帰化の手続きをストップして

年内に入籍するから!と言って

なかば強制的に祖母に彼を会わせた。

話好きな祖父は喜んで話してくれた。

「よさそうなひと。話しやすい。」

これだけですごく嬉しい。

一方祖母は

「これで中国人じゃなかったら完璧」

もはやそれは最高の褒め言葉。

祖母が彼と話し始めた時、母は涙を浮かべてすらいた。

 

わたしたちの仲間がようやくできたな

って感じがした。

 

結婚を報告すると想定外なことに

たくさんの人がおめでとう

と言ってくれるので、もう

ブルータスお前もか、的な。

いや、きみも味方か、という。

 

これはすごく、幸せなことだ。

やさしくなる なにもかも

一度観た映画やドラマをしばらく経ってみると

最初観た時とは違う人に感情移入したり

思わぬところで気持ちギュッとなったりすることがある。

それは歌でも同じ。

 

スピッツのジュテーム?という曲がある。

君がいるのは すてきなことだ

やさしくなる なにもかも

という柔らかな曲調の曲。

この歌詞から盲目的な愛の詩をイメージしていた。

 

 

先日夫婦となった私に

たくさんの人がおめでとうと言ってくれて

すこぶるあったかい気持ちになる。

そのあったかい気持ちで人にも接したくなる。

 

結婚は、その相手を大切にすることを誓う意思表明だと思う。

私は結婚によって

彼の最強の味方になり続ける

ということを決めた。

みんなが私の結婚を祝ってくれると

私はみんなが彼のことも大切に思ってくれてるように感じる。

そんなみんなを私は大事にしたい。

今まで知らなかった感情を知る。

結婚や子供を持ったことによって

あの人は丸くなったね

とかいう言葉を聞くことがある。

それは多分、妻や夫、こどもができて

やさしくしたい対象が膨大に増えるからだと思う。

家族だけじゃなくてもっとたくさん。

 

君がいるのはすてきなことだ

やさしくなる なにもかも

羨ましい

ひとのブログ読んだり、

ツイート追いかけたり、

そういうことが好き。

 

会ったこともないその人たちに部分的に憧れてる。

日々、仕事の幅を広げ

人脈を広げ

やることなすこと全てに

エネルギーを感じられて

私もそういう風に生きられたら

と思うこともしばしば。

仕事を変えたり、

住む場所を変えたり、

子供が生まれて表現するものが変わってきたり、

ああ、またこの人はステージ上がろうとしてる

と感じるたび、自分と比べてしまって羨ましくなる。

ステージ上がる時は大抵すごく大変そうだけど

エネルギー迸ってエントロピー増大してる感じで

不要なことなど考える隙がないような。

 

どうしたら羨ましいという感情はなくなるのかな。

 

2017年10月29日

今日は29歳の誕生日。

そして今日、妻になった。

 

前祝い的に昨日、イタリアンのレストランを予約してもらい

美味しいご飯を食べた。

どうやら彼が予約の時に結婚のお祝いに、と伝えていたらしく

アットホームなそのレストランのシェフやスタッフの方にも

おめでとうございます、と言っていただいた。

なんだかちゃんとしたレストランだと佇まいにも気を遣って

食事中にはスマホを出さないようにしたりした。

大人なごはん。

 

その後、ロンドンへ旅立つ同期の送別会にも彼とともに顔を出した。

大阪時代、彼が来てくれている週末に同期が飲み会を企画していたりすると

なかなかはがゆい思いをすることもあって、

みんなが連れてきなよと言ってくれるので

連れて行っていたら、みんなが彼と仲良くなってくれた。

彼もおしゃべりなタイプではないけれど

自然とみんなと話していて、いつの間にか受け入れられている、

ということが多かった。

今ではかなりの数の同期と顔見知りで

昨日の飲み会でもいろんな人と喋っていた。

その姿が私は嬉しい。

同期会に来てくれる彼、素敵だね

と言ってくれる同期までいて私は軽く感動してしまう。

同期も、彼も、みんな心が綺麗で広い。

まさかのサプライズでお祝いもしていただいた。

ただ入籍するというだけで

何かに勝ったり発明したりしたわけでもないのに

おめでとう、と言ってもらうことに

なぜだかほんの少し申し訳ない、と思ってしまった。

こういうサプライズに慣れてない、ということも要因のひとつ。

あと喜びの表現方法が貧困。

 

夜な夜な帰ってきて、就寝。

本日の朝は婚姻届を提出すべく、そそくさと準備。

11時ころに区役所に持っていき、世帯主変更なども含め12時ころには終わっていた。

区役所の担当の方までもがおめでとうございます、と言ってくださる。

2人でうなぎを食べて、ケーキを買っておうちに帰る。

生活は何も変わらないので、入籍した、という感じはあんまりしない。

お互いに「妻」「夫」と呼び合って遊んでいる。

 

母から電報が届いた。

電報って昭和か!と思ったけど

ガラスの靴とバラのプリザードフラワーという素敵な電報で

とても素敵だった。

というか、母が私と彼の結婚を祝ってくれるということが実はとても嬉しい。

そういうことを電話で口にしたりはしないけど、

(なぜなら感情が高ぶって泣いちゃってかっこ悪いから)

私にとって重要ポイントなのだ。

 

その後、中学時代からの親友から電話がかかってきて

誕生日おめでとう&来月入籍するよという報告をもらった!

彼女の恋愛紆余曲折も聞いていて、

本当にうれしくなったしなんだかほっとした。

きっと明るくて楽しすぎる夫婦になると思う。

そして私の結婚報告もすると、すごく嬉しがってくれた。

おめでと~~!!と

すごいポジティブなパワーであふれる声で言ってくれるので

思わず涙ぐんだ。

プロポーズされた後、

一番喜んでほしかった母からは反対にあって、

こんな嬉しい「おめでとう」は聞いたことがなかった。

彼女のお祝いの声は今までの大変だったことをすべて

がらっと綺麗な色にしてくれた。

へこたれなくて良かったなと思った。

この子のポジティブパワーがすごい。まじで。

 

このように振り返ると

たくさんの人が私の誕生と入籍を祝ってくれている。

生きてて良かった。

また幸せなことに出会えた。

 

6年と少し前に、

「私と付き合うのはありかな?」と言って始まった恋人期間。

3年と少し前に、プロポーズされて始まった婚約期間。

そして今、家族になれた。

私の至らなさを受け入れて、時に自分の意見もぶつけてくれて

お兄さんのようであり、少年のようでもあり、

友達であり、同志であり、パートナーでもあれることに感謝したい。

欲張りな私はこの目線になって新たに欲望がふつふつと湧いてきてしまったのだけど

その時その時で何を一番大事にしたいか、ちゃんと自分で考えよう。

生涯、彼の最強の味方でいることを私は決めたので

今日も彼を笑わせながら生きていこうと思う。