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SAMMY’s blog

好きなものこそが人生を彩る!

期待は愛。今日もまた誰かに期待して生きていく。

私的考察

悲しんだり嬉しかったりするのは

予想を裏切られた時だと思う。

裏切られ方の善し悪しで

私たちは悲しがったり嬉しがったりする。

 

自分の頭の中でなんとなく、相手の出方を予想している。

次はこうくる

この人はこう言う

みんなはこんなリアクションをする

 

時にそれは、予想ではなく期待かもしれない。

特に家族や恋人、相手が近い関係の人だと

無意識のうちに予想が期待にすり替わって

勝手にこっちでハードル上げちゃうもんで

相手がそれ越えてこなかったときに

いつも以上に悲しいな、って思ってしまう。

 

私には彼氏がいる。

彼は日本の永住権を持つ中国人。

結婚を考えて母に彼のことを話したら

日本国籍を取得して

日本らしい苗字にしてもらうべき

その方が日本で暮らしていくんだったらベターでしょ?

と言われた。

郷に入れば郷に従え

それは分かる。

だけど私はその価値観に憤りを感じた。

こどもにものを教える仕事をしている立場で

よくそんなことが言えるね

(母は教育現場で働いている)

自分のアイデンティティは極力消して

周りに馴染んで生きましょう、って?

友達や同僚であれば少し違和感を感じるくらいで済んだと思うけど

母に対してはとても憤慨した。

 

私たちはありのままで受け入れあうべき

大切なもののために別の大事なにかを捨てる

なんてこと、しないで済むならしない方がいい。

もしも日本国籍取得して苗字もそれっぽくして、

じゃないと不都合がおきる世の中なのだとしたら

そっちを変えてくべきなんじゃない?

そういう私の主張とはとことんかち合わなくて

電話するたび、会うたび、感情的になってしまった。

 

なぜ私はこんなにも憤っているのだろう?

原因は2つあった。

1つは、私と母はまるで別の人間だということを

お互いがちゃんと分かり合えていなかったこと。

大した反抗期もなかったし、割と仲いい母娘だったけど

その分自分たちの価値観は似ていると思い込んでいた。

だから、違いをすんなり受け入れられなかった。

お互いに相手を丸めこもうとして、

たくさんのエネルギーを使った。

 

2つ目は、私が母に過度な期待をしてしまっていたこと。

彼の紹介を喜んでくれて、

あわよくば、

国籍なんて気にせずに恋に落ちた娘のことを誇りに思ってほしいと

そう思ってくれる母だと、そんな風にさえ思ってしまっていた。

その期待とはまるで違う反応だったから、

悲しくて怒ってしまったんだ。

 

先ほど、この記事を読んでいて

soar-world.com

カミングアウトした娘へ掛けるお母さんの言葉が最高すぎて

ああ、私もこう言ってほしかったんだ、って思ったので

感じた時に書いておく。

 

たくさんぶつけ合ったことで、

今は、お互いの考え方を容易に変えることはできないことが分かって

母が大いに私を心配してくれていることも分かって

それぞれに自分の幸福だと思う道を行こう

困った時は助け合おう

という同志的な感情に辿り着いた。

どんな形であろうと

私の幸せを全力で願ってくれる母は

人類最強の味方である。

誰かに期待するという行為は

信頼や愛の実感があってこそ生まれるものだ。

だから結果はどうであろうと

期待して生きていく人生は悪くはないと思う。