SAMMY’s blog

好きなものこそが人生を彩る!

やさい

おいしい野菜の料理をたくさん食べたい。

お砂糖を使わないかぼちゃのポタージュ

とろとろに煮たかぶ

バターと甘みがじわっと広がるにんじんのグラッセ

まろやかでクリーミーなマッシュポテト

ブロッコリーとベーコン炒め

くたくた煮て透明になった白菜と春雨のスープ

あーお腹すいた。

9月

娘、そろそろ1歳半。

大人の言うことはだいたいわかってるし、

これが食べたい、これが飲みたい、それ欲しい、これいらない

という意思表明ができる。

楽しいとき面白いときは声をあげて笑い、

気に食わないことがあれば全身で怒り、

さみしいとき不安なときは悲しい声を出したり指を吸ったりする。

興味のある方へ進み、気のすむまで観察する。

知らない人のことはよーく観察する。

言葉は、動物や野菜、果物、体、道具、など20語くらい言えるようになった。

 

自分の心のままに、生き方がまっすぐで、

私もそうやって生きたいね、と思う。

娘の成長の傍ら、私は自分の今後について考える。

こども2人いたらいいな、と思っていた時期もあったけど、

今は現実味がない。

娘の今がとっても面白いから、これをそのままずっと見ていたい。

産後1年間が結構大変だったな、と思っているので、

その1年をもう一回やろうと思えない。まだ。

 

仕事をどうする、というのは社会人になってから、ずーっと考えていること。

今週は深夜帯に働いたりもしていて、

余計に考えちゃう。

私が心身健やかに働ける仕事でなければやる意味がないと思うようになった。

私の生きざまは嫌でも娘の視界に入るのだから。

ストレスためてる状態で接される夫の身にとってもよくない。

じゃあ、どういう仕事を・・・?それはちょっとまだ分からない。

年末か年度末かそれくらいを目標に、仕事を見直したいと本気で思っている。

気楽にがんばるぞ~

 

今日の嬉しかったこと

嬉しかったこと楽しかったことは

全て記録しておきたいので今日も。

 

高熱を出していた娘、

ご飯はあまり食べないけど

ミルクは飲めてるし

熱の割に機嫌いいときもあるし

様子を見ていた週末。

今日の未明もうなされて?

度々起きており、

母も付き合って寝たら起きたり。

朝もまだ熱が下がっていなかったので

朝起きて7時ぴったりに病院をウェブ予約。

(最寄りの小児科はwebで予約できるシステム。

予約開始が7時。)

子を起こさぬように部屋を出てリビングへ降りると

夫のメモが残されていた。

なにかあったら電話してね。

すぐに帰るから

 

夫がメッセージを紙に書くのは貴重なので

それ自体まず嬉しかった。

 

娘は午後になって少し熱も下がったけど

夫は

夕ごはんつくるよ

と言って早く帰ってきた。

多分熱の娘と寝不足の私を気遣ってくれたのだろう。

ありがたや〜愛

 

そんな優しい夫でありパパなのに

節分の鬼役をやらせてしまったせいで

娘から警戒されている。

かわいそう😂

 

 

漫画「母がはじまった」を読んでみた

twitterでみかけた漫画。

サイトでは出産後7日間までが公開されていて

1つ1つは短いのだけれど

共感と涙なしには読めない代物でした。

 

  ”私はまだ自分のこどもを「かわいい」と思えないでいる (第4話)"

というやつ、私も経験ある。すごく。

でも、なんとなく、人に言ったことなかった。

夫にすら言ったことなかった。

なんならこのブログにすら書けなかった。

ママになりたいと思っていたのに、

かわいいと思えないってそれどうなの?

いつかかわいいと思えるようになるよね?

という希望的観測で乗り切ってきた。

 

出産前に人の赤ちゃんを「かわいい!!!」と思っていたのと同じ感情は

当初、わが子に対して出てこなかった。

出産直後の感情は「よかった!出てきた!一安心!」という感じだった。

その後も小さくて愛しい生き物とは思うけれど、

「かわいい!!!」とはちょっと違う。

ミルクを少しでも多く飲ませなければ

あったくしなければ

呼吸を確認しなければ

鼻水!?大変!病院に行かなくては!

「私が守らなくては、生きさせなければ」という気持ちばかりで

無条件に手放しで「かわいい!」と思うことはなかった。

これは愛情なのか?

それよりも使命感、じゃないかな

 

数か月たってからは、緊張感も緩んできて、

「かわいい」と思うことも多くなってきた。

使命感は相変わらずだけど、

今は日に何度も

かわいいやつめフフフ

と思っている。

 

多分、ひとを「かわいい」と思うにはある程度の客観視が必要だと思う。

たとえば安室奈美恵ボディガードは安室奈美恵のことを「かわいい」と思うのだろうか?

(ボディガードがついてそうなかわいい人、で安室奈美恵が浮かんだけどもう引退してるよね)

きっと「かわいい」よりも、

不自然な行動をしていないかとか、周りに危ないものはないかとか

そういう方向に意識が向くと思う。

私もそういう感じなんだと思う。

 

 

 

漫画の話に戻るけど、第6話におばあちゃんの話が出てくる。

これまたあったかすぎて、泣いた。

わが子5か月の予防接種のときに小児科に連れてった。

同じく予防接種で来ていた3か月の赤ちゃんとママとママのママ(おばあちゃん)。

おばあちゃんは気さくな人で私やわが子に話しかけてくれた。

娘さん家族は都内の少し離れた区に住んでいるのだが、

出産育児で苦労したおばあちゃんの勧めもあって

地元で出産されたそう。

「私は北海道出身で、都内に嫁いで、一人で子育てするのが大変だったから

娘の時は絶対に手助けしようと思って」

とおっしゃっていたのが、グッときちゃって泣きそうになった。

私の母は仕事をしているからそういうことはなかったけど、

夫の母や叔母は私をずいぶん助けてくれた。

もし、私の娘が出産することがあったら、私も助けに行こう。

 

 

育休もあと2か月ほどで終わる予定だけど、

(保育園には入れれば!)

今までの人生の中でもっとも様々な気持ちを感じた1年だったといえる。

特に、子、夫、母親像、子育て方針、子育てを取り巻く環境に対して。

母のつぶやきに共感することが尋常じゃなく増えたし、

ドラマや漫画や小説の中でも母の心情に揺さぶられることが増えた。

それだけ私がアップデートされてるってことだと思う。

毎日を乗りこなすことで精いっぱいだけど、

楽しいこともあるし、なるべく楽しい未来を想像しよう。

出産後がそうだったように、現実はきっと想像を超えて大変なんだと思うけど、

その時々でアップデートしながらやっていこう。

 

今年に入って嬉しかったこと

◆その1

夜寝る前に本を読む。

この前の日曜日の来客時、

テーブルに置きっぱなしにしていたその本を

夫が片付けてくれていたらしい。

夜、一足早く寝室に向かった彼が

リビングに戻ってきて本を出してきてくれた。

私が楽しみにしていることを分かってくれてて嬉しかった。

 

◆その2

yukicharaはほんと見た目歳取らないね

むしろ20年前より綺麗になってるよね

って夫に話してたら、

私のことも変わらないよ

と言ってくれて嬉しかった。

産後は特に体的な変化が大きかったので

夫がそう思ってくれることがとても嬉しかった。

 

 

私の美的センス、少し変わった。

妊娠線に泣きそうなくらい落ち込んでいた1年前の私とは別人だな。

妊娠線はお腹が凹んだら全然見えなくなった。

正中線はまだ消えないけど、一生消えなくたっていい。

これらは私のお腹にベビー がいた証。

自分のお腹を鏡で見るたびに思い出す。

白くてすべすべでシミもシワも何の線もない肌だけが美しいわけじゃない。

お腹の真ん中に線がある、大層頑張ったこの体のことが

前より愛しくなった。

でもたるんだお腹は嫌なので

今年に入ってから毎日1分だけプランクやってる。

私にしては結構続いてる。わーい🙌

 

 

大きなプロジェクト

まだ母業は9ヶ月しかやってないけど

母業たいうか親業の大変なところは

終わりがないところじゃないかと思う。

OK、これで私の手を離れた

と言えるのがすごい先。

 

今習ってるWEBデザイン、

企画が通ったらワイヤーフレーム(大枠デザイン)

ワイヤーフレーム通ったらデザイン

デザインできたらコーディング

みたいに段階がある。

段階をクリアするごとに達成感がある。

でも私はまだ子育てで達成感を感じたことはない。

出産の時は達成感あったけどね。

子が寝返りできるようになった

ハイハイできるようになった

かまり立ちできるようになった

そういうのはすごいことだけど

私の達成感とは違う。

 

そういう連綿と続く仕事って

子育て以外にもたくさんあると思う。

毎日の家事とかもそうだよね。

私の仕事はプロジェクトごとのものが多いし、

プロジェクトが終われば達成感もある。

頑張っただけ達成感が大きいのも知ってる。

 

この壮大なプロジェクトをどう進めるのか

先のことあんまりまだ見えてないなあ。

 

思考の癖

性格、というか考え方の癖、みたいなもの

ここ数年で気づいたものがある。

 

ひとつめ、無い物ねだり。

妊娠中はおなかが大きくて自由に出歩けない!

今は子育て真っ最中で1人の時間がない!

でもその代わりに、

妊娠中はたくさん読書できたし

今は娘のあんな姿こんな姿を見られる。

無いものに焦点当てがち。

 

ふたつめ、未来にもやっとしがち。

これはもうずっとだけど、

何者かになりたいという思いがまだ残っていて

何のプロフェッショナルにもなれてない、

何のプロフェッショナルにも向かおうとしていない現状に

もやもやしちゃう。

今のなにが嫌なの?と聞かれれば

別にすごく嫌なことなんてないけど

わたしこのままいち会社員でいいのかな、

会社員だとしてもさ、向かいたい方向どっちなのかな

とか思うわけ。

文章書く仕事してみたいなとか

思うわけ。

そうだったな、文章書く仕事してみたかったんだったな。

デザインもやってみたいと思ってて、

こうやって今学んで、

タダでやってるからまだ仕事じゃないけど、

実際にお客さんのwebサイト作ってる。

やってみたいこと仕事じゃなくてもやってみて

向き不向きとか考えてこれからやってけばいいか。

まだあと何十年も働くんだし。

いつか、書く仕事もやってみよう。

はい、よし。

 

みっつめ、見栄っ張り。

母世代の人からは、母業頑張ってるって思われたい。

友達からはママ楽しそうって思われたい。

ママ大変そうって思われたくない。

娘には優しくて楽しいお母さんって思われたい。

夫には素敵な妻で頼りになる母と思われたい。

でも、だれかにこう思われたい、

という動機で動くとしんどくなることが多い。

いつか周りの目を気にせずに

自分のポリシーに誇りを持って

生きられるようになりたい。

どうみられたいか、って動機は不安定すぎて

指標としてはよくない。

だって他人の価値観だから

こっちではどうにもできないところあるし。

どうやったら、気にならなくなるのかな。

そこはまだわからない。

 

以上、わたしがよくないな、と思ってる

自分の思考の癖でした。